& BONO  インテリアデザイン、あれやこれや

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「聖母マリア」マドンナは反キリスト教なの?

未だに2週間前のマドンナのコンサートの余韻にひたっているわたしですが、コンサートをみる前からず~っと疑問だったことがあります。

 

「マドンナ=聖母マリア」の本名をもつマドンナはなぜ、PVやコンサート等でクリスチャンの神経を逆なでするようなパフォーマンスをするんだろう?

 

聞くとご両親は敬虔なクリスチャンで子どもの頃は日曜日には家族全員で教会へ行く家庭に育ったマドンナ。お母さんが亡くなったあと、再婚した父親と新しい母親に対して反抗したことから始まったとも言われています。

でも、彼女のお母さんの名前でもあった本名の「マドンナ」をそのまま使っていることから考えると、クリスチャンに対して「No!」と言っているようには決して思えません。

 

何故?

 

あのコンサートの十字架でのポールダンスや大胆な尼僧の衣装などのパフォーマンスは、シンガーポールでは教会サイドから不快だというコメントが出せれたとも聞きました。

 

そこまでして何故?

 

それに対して、マドンナは基本的に反体制のスタンスで歌を作り歌っているから、「キリスト教」という体制に対しての不満の表示だよという意見はよく聞きました。確かにそれもあるかもしれません。

 

 でもそれだけ?

 

 それが、昨日ふとあることを考えました。

 

宗教に関してわたしはあまり詳しくないので、勝手なイメージでの話ですが、宗教の世界ではまだまだ男性が上にたつことが多い気がします。

キリスト教にはもちろん尼僧は存在しますが、カソリックでは女性は司教になれないと聞きました。仏教でも大きなお寺の偉い人に女性がなった話は聞きません。

 

わたしの中の結論。

 

マドンナは反キリストというより、その男性優位の体制に対して反旗ではないか!

「聖母マリア」とマリア様を崇めているけれども、実際は男性社会であるキリスト教への抗議ではないか?そこには、形骸化しつつある組織への抗議も入っているのではないか?

その抗議を「聖母マリア=マドンナ」が、痛烈な個性と実力で行う。

だから、少なくともわたしはそれを見てもちっとも嫌な気持ちにはならないし、マドンナが好きになっていく。

 

そんな気がしました。

 

わたしはフェミニストではないし、男性女性、肉体的にできることできないことがあって然りと思っているけれど、女性がやりたいと思った時にそれが何の抵抗も批判もなく許される社会になってほしいと思っています。

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世界をみまわせば、まだまだ女性に厳しい社会もある中、わたしたちの「マドンナ」にはもっともっと歌い続けてほしいな!