さあ!陶芸と花の素敵なコラボを後にして、園内を進むとしましょう!
順路通りに進んでいくと、古い茅葺き屋根の民家が見えます。
「庭園に民家?」と不思議に思って回ると、屋内に入れるらしい。
この玄関側から建物を見ると、実はこの民家がとっても大きいことがわかります。
茅葺き屋根にみえたグリーンはツユクサ?
以前行ったイギリス湖水地方の建物を思い出しました。
案内によるとこの民家はもともと岐阜県の白川郷から移築された住宅で、屋根裏はありますが、平屋建てで入母屋茅葺合掌造りに分類される豪農の住宅だそうです。
白川郷というと世界遺産の白川郷・五箇山の切妻造りとは異なり、江戸後期に建てられたと書いてありました。
面白いのは、1階部分は飛騨高山の大工が建て、屋根の骨組みと茅葺きは村人の「結(ゆい)」という共同作業で作ったということ。
江戸時代の村のあり方を垣間見ます。
中にはいると、まず玄関にあたる土間に厩(うまや)があります。
そして、「おいえ」と呼ばれる今でいう「リビングルーム」があります。
リビングルームと用途は一緒だけど、雰囲気は全く別物。
百年以上使った黒光りする磨き上げられた床や戸、天井が綺麗です。
奥に見える畳の部屋をに回ると仏間や奥座敷があります。
付書院・床の間・違い棚など格式ある造りで、いくら豪農とはいえここまで?と疑問に思っていたら、この住宅のあった飛騨は天領であったため、見回りの役人の宿としてつかうこともあったという説明をみて納得。
先ほどの玄関とは別の「しきだい」と呼ばれる来客用玄関があるのもこちらです。
扇柄の欄間も素敵です。
役人の接客用の部屋は通常の農家にはない空間です。
客用の風呂やトイレもありました。
この奥座敷をぐるっとまわると、ここからは農家の(といっても豪農ですが)の暮らしが再現された空間が現れます。
また囲炉裏が登場しますが、こちらの囲炉裏は実際にマキに火がおこされて、煙の匂いがたちこめていました。
なんと、ここが「台所」。
釜戸ではなく、いろりで煮炊きしていた当時はこの囲炉裏のある部屋が、調理・暖房・乾燥・照明・接客といったようにマルチルーム、一家の中心だったそうです。
囲炉裏を囲んで座る場所も厳格に決まっていたというあたりは、江戸時代らしいなと思います。
その隣が「うすなわ」と呼ばれる粉ひきやむしろ網などの作業所兼農具の保管場所。
草履や雪国らしいワラの長靴もみえます。
初めてみたのが、「うすなわ」の隣にあった「みずや」にあった船らしきもの。
「水船」といって飲料や洗い物用の水として、山からの水を蓄えるためのものだそうです。
このあと、最初に入った玄関に戻り、今度は屋根裏部屋へと上がります。
無茶苦茶、急な階段。
今の建築基準法では違法とみなされるわ!
でも、踏板が凝っていてビックリ!!!
和風ヘリンボーン貼り?
屋根裏とはいえひろーーーーいこの空間では養蚕が行われていたそうで、初めてみたカヤブキ屋根の裏側に興味津々のわたし。
太い丸太と横桟が荒縄だけで組まれていれ、村民が持っていた技術の高さに驚きました。
今は織機や器などの展示があり、当時の生活が実感できます。
「お歯黒」用セットがあったのは、さすが江戸時代!
下におりて裏に回ると、マキが積まれていました。
言い古された言い方ですが、どこかでみたような不思議な感覚を覚えました。
こんなに素晴らしい住宅をここ三渓園で見られるなんて思ってもいなかったので、とても得した気分。
正直、こんな合掌造りの民家をみたことがなかったので、いい勉強になりました。
日本の住宅の歴史も勉強しなおそうかな・・・